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佐賀地方裁判所 昭和31年(行)4号 判決

原告 堤竹次郎 外一名

被告 佐賀県知事

主文

被告が昭和三十年五月十九日碇繁俊に対して三養基郡中原村大字原古賀字七本松二〇五五番の一田八畝二十二歩内二畝十二歩についてなした農地転用許可処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等は主文同旨の判決を求めその請求の原因として

一、訴外亡重永新作は三養基郡中原村大字原古賀字七本松二〇五五番に田四畝十八歩を所有していたが大正十一年一月八日死亡しその二女ユウが家督相続をした。原告重永は原告堤と同ユウとの間に生れた者であるが昭和七年九月二十日ユウと養子縁組をなしその後ユウはその母フサを家督相続人に指定して昭和八年二月六日隠居住をなし原告堤と婚姻したので原告重永は原告堤とその妻ユウの二男として嫡出たる身分を取得した。而して原告重永は右同日ユウと協議離縁の上翌四日フサと養子縁組をなしたところフサは昭和三十一年六月十九日死亡したので右ユウ及び三女リヲと共に前記農地を共同相続したものでなお原告等は昭和十五年四月十六日以降これを共同耕作しているものである。

二、訴外碇繁俊は昭和三十年四月二十七日、被告に対しその所有に係る前同所二〇五五番の一田八畝二十歩の内二畝十二歩を宅地に転用することの申請をなしたところ被告は同年五月十九日佐賀県指定農地第六一三四号を以てこれが許可をなした。

三、然しながら右転用許可農地は前記原告等の共同耕作地の東側に隣接しているので同所は住宅が建築されるに於いては右共同耕作地の日照の悪化鳥虫害の増大が予想されるので原告等に与える損害を考慮して条件を付して許可すべきに拘らず防除施設の設置等について何等条件を付せず無条件にてなしたのであるから右許可は違法処分というべきであり又前記転用許可申請には「原告等の農地より三間のきよ離をおいて家居を建築する」旨付記しており右申請内容どおりの許可があつたとしても右付記事実は許可処分の条件ではないというべきであるから何れにしても無条件になされたもので違法である。

四、次に訴外碇繁俊は住家建築の目的で昭和二十九年十一月下旬頃より前記許可申請農地の地高めに掛り昭和三十年三月十七日頃には同地上に原告等農地の境界より約十九尺のきよ離をおいて木造二階建住家建坪二十五坪余を建築してしまつた被告は右のとおり申請農地が既に事実上宅地に転用されているものを事後において許可したのであつて右は手続上違法であるから右許可処分は取消さるべきである。

五、なお本件は右許可処分の日より一ケ年の出訴期間を経過しているが原告等は右許可を不服として昭和三十年七月農林大臣に対して訴願をなし未だその裁決が得られないまま右期間に出訴できなかつたのであるから適法の出訴というべきである。

と述べ、

被告指定代理人は原告等の請求を棄却する訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁として請求原因第一第二項の事実は全部認める第三項の事実中転用許可地が原告等共同耕作地の東側に隣接していることは認めるがその余の事実は否認する第四項の事実は否認する第五項の事実中主張どおり訴願中であることは認める元来農地法第四条の許可処分は転用申請地の隣地に及ぼす影響についても考慮を要する従つて知事は同条末項の規定するとおりこれに条件を付することができるのであるが同条項はその許可自体によつて隣地に影響を及ぼす場合またはその恐れがある場合被告の裁量により条件を付することができると解すべきであるところ本件許可においては転用自体について隣地に何らの影響なくその転用地上に建物を建築したことによつて生じた損害については別途の方法によつて解決すべき筋合のものであり右許可に条件を付さなかつたことを以て違法な処分ということはできないし又条件を付するか否かは被告の自由裁量の範囲に属するから右処分につき不明の訴を提起し得ない又訴外碇繁俊は既に昭和二十九年十月十六日に被告に対し転用申請をなしたのであるが書類不備その他原告から陳情もあつて書類補正及び原告等の陳情解決のため時日を遷延しそのために宅地に転化されつつあるものに対しこれが許可をなしたのであるけれども右許可は何ら手続上違法の処分ということはできないと述べた。

言証〈省略〉

理由

訴外重永新作は、三養基郡中原村大字原古賀字七本松二〇五五番、田四畝十八歩を私有していたが大正十一年一月八日死亡し、その二女重永ユウが家督相続をなしたこと、原告重永は原告堤と右ユウとの間に生れたが、昭和七年九月二十日ユウと養子縁組になし、その後ユウはその母重永フサを家督相続人に指定したが昭和八年二月三日隠居届をなし、原告堤と婚姻したので重永は原告堤とその妻ユウの二男として嫡出たる身分を取得したこと、而して原告重永が前同日ユウと協議離縁の上翌日に前記フサと養子縁組をなしたところ、フサは昭和三十一年六月十九日死亡したので、ユウ及び三女リヲと共に前記農地を共同相続したが原告堤は昭和十五年四月十六日以降原告重永と共同してこれを耕作しているものであること、訴外碇繁俊が昭和三十年四月二十七日被告に対し同訴外人所有に係る前記同所二〇五五番の一、田八畝二十二歩の内二畝十二歩を宅地に転用することの申請をなしたところ被告は同年五月十九日佐賀県指令農地第六一三四号を以てこれが訴可をなしたこと、右転用許可地が前記原告等共同耕作田の東側に隣接していることはいづれも当事者間に争がない。

原告等は被告の前記転用許可処分は、訴外碇繁俊が転用申請地を既に事実上宅地に転用してるのに対し事後においてなされたものであるから違法であつて取消されるべきであると主張し、被告は宅地に転用化されつつあるものに対し許可したのであつて事実上転用ずみの農地に対する許可処分ではないから違法ではないと主張するので、まづこの点について判断しよう。

成立に争のない甲第三、第四号証の各一、二、第五号証の一乃至四、第九、第十号証、証人嘉村三男、碇安太郎、碇ミス、碇繁俊の各証言を綜合すれば、その事実が認められる。即ち訴外碇繁俊はその母ミス及び家族と共に昭和十五年頃から、中原村内に借家住いをしていたが家主より明渡を迫られていた関係上所有農地を宅地に転用して、これに住家を新築するより外なくなつたので、昭和二十九年十月十六日、同村大字原古賀字七本杉二〇五五番の一、田八畝二十二歩のうち三十坪について農地法四条の規定による許可申請をなした。そこで同農業委員会では同年十一月二十日委員会を開き隣地耕作者である原告等の同意書が得られるまで同会の意見を留保したが、十二月二十四日右同意書の得られないまま原告等耕作田との境界と家屋下柱の距離二間半を条件として、転用承認の意見を付しこれを佐賀県農業会議に進達した。ところがその頃原告等より県農業会議に対し異議が申立てられ結局被告は同意書不備を理由に転用申請を却下し、改めて再申請を促した結果昭和三十年四月二十七日、転用面積を七十二坪に拡張し隣地所有者及び耕作者である原告者の承諾をえられない事情を明記の上前回同様の許可申請をなした。中原村農業委員会は右申請に対しても承認意見(但し前記距離を三間とする条件付)を付して進達している。ところが原告等は右申請書進達後も佐賀県農地管理課を訪れ強硬に許すべからざる旨申入れたので、被告としては原告の同意を得ることが先決問題であるとして、同年五月初旬頃現地調停を試みたが、まもなく不調に終つたのである。

以上のような経緯で、転用申請及びその審議がなされている間に、申請者碇繁俊は昭和二十九年十二月頃から申請地の地均しを開始し、そのため被告より始末書の提出を要求せられたにも拘らず、依然工事を進め昭和三十年二月十六、八日頃よりは、右土地上に家屋建築に取り掛つた。そこで被告等は同年三月十七日碇に対し、先ず口頭を以て次いて農地部長名の書面により右土地については知事の許可処分が留保されているのであるから一切の建築工事を中止すること、若し中止しないときは農地法違反により告発する旨を通告し同時に中原村農業委員会長に対してもその旨督励方を通知した。碇は右通告により一時工事を中止していたが、同年五月二十日頃、梅雨期を控えて屋根を葺き壁塗りを進め、同年六月十日頃には借家より同所へ移転して来た。

そこで被告は前記第二回転用許可申請に対し種々検討の末事後承認の形式でも許可処分をなすべきであろうとの見解により県農業会議に諮問の上、本件許可処分をなしたものである。

叙上認定事実によつてみると、本件許可処分のなされた昭和三十年五月十九日頃においては従前耕作の用に供せられていた本件農地中転用申請該当部分はすでに新築住家が完成するばかりになつており、且つ申請地の所有者である碇も前認定の理由から将来永久的に右住居を使用する意志であることが明白であるから、既に現況は宅地と目して不可なく耕作しようとしても、いつでも耕作できる状況にはなかつたといわねばならない。してみると本件許可処分は宅地に対してなされたことになる。農地法第四条に基く転用許可は、言うまでもなく農地を農地以外のものにするためになされる行政処分であつて、処分時当外観上農地でないことが明白な土地をなお農地としてなした本件許可処分は目的物に関する不能として無効といわねばならない。

而して本件許可処分を無効とすることは、申請者碇の信頼を裏切り法律生活の安定を害するごとき事態を惹起しない。

ただ、原告等は本訴において前記無効理由を無効理由としてでなく取消事由として処分の違法を主張するのであるが、本訴の意図を合理的に解し、右は行政処分の無効を理由として、その取消を求めるものとみるべきところ、無効の行政処分であつても、それが外形上存在する限り、その旨無効を宣言する趣において処分庁に対し、その取消を訴求できると解されるし、且つこの様な場合行政事件訴訟法特例法第二条、第五条の適用はないというべきであるから、訴願前置及び出訴期間経過の有無については之を問うを要しない。

結局原告等の本訴請求は、叙上認定の理由によつて、正当であるから認容することとして、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原田一隆 田中武一 三技信義)

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